Inside Asian Gaming
2020 年 6月 IAG JAPAN 27 写真/ Photo by Jornal Tribuna de Macau/File 写真/ Photo by Jornal Tribuna de Macau/File 巻頭特集 は派手過ぎると多くの批判を受けたリスボアは、ホーのキャリアの 中で「極めて重要なステージ」を意味していたとマカオ大学経営経 済学のリカルド・シウ准教授は認識する。ただし、まだまだ続く長 い物語の一部として。 マカオ出身のシウ准教授は「スタンレー・ホー博士のマカオへ の最も長く続いた貢献というのは、マカオ経済を近代化するという 強い決意、そして絶え間ない努力の結果だ」と語る。それらの努力 は、マカオのポルトガル統治の「短期主義」と明らかに対照的であ り、1980年代および90年代の経済及び政治の「極めて重要な不確 実性」にも関わらず続けられた。 早い段階でホーは、アジアに先駆けてマカオ-香港間の飛翼船 を開発し、以前は一晩かかっていた船旅を一時間の小旅行に変え た。(STDMは、浚渫を含む港湾維持の見返りに、他のコンセッショ ン保有者に課されている税率39%ではなく38%のゲーミング税を 支払っている)ホーの信徳集団(シュンタックホールディングス)は、 世界最大の飛翼船団の一つを築き上げ、その香港ターミナルをシ ョッピングおよびオフィスの大規模複合施設に発展させ、そして 1973年に香港証券取引所に上場した。 ホーの指揮の下で、STDMはマカオ国際空港などのインフラ、フ ラッグキャリアであるマカオ航空、そしてマカオ初の特徴ある会議 場、マカオタワーに投資し、競馬やドッグレースを運営した。また、 銀行、ホテル、不動産の株式も取得し、その中のマカオ唯一の百貨 店、ニューヤオハンに関しては、1997年に経営破綻した際、STDM が救いの手を差し伸べた。その時まで、ホーが分け前を取ることな く、マカオで1ドルまたは1パタカを使うことは難しかった。 「デッド」プレイ ホーは、自身のカジノの中に、ゲーミングプロモーターが運営す るカジノ内プライベートカジノのジャンケットルームを導入した。 財務調査官のアンジェラ・ヴェン・メイ・レオン(4番目の妻であるア ンジェラ・レオン・オン・ケイとは無関係)は、2002年に発表した影 響力の大きい論文の中でこのように書いていた。「マカオでジャン ケットルームが登場する前、経営管理上の直接的なアクセスがな かったためにカジノにおける裏社会の力は限られており、闇金や 売春、薬物売買、密輸といったその他の『付随的な』違法行為から 限定的な利益のみが得られていた。(中略)1980年代のギャンブル ルームの用意と、『bate-ficha』ビジネス(プレイ以外には使えない 『デッドチップ』チップを使ったローリングチップビジネス)の確立 によって、カジノ内に闇組織のための『無法』スペースが作られた。 ホーは地下社会とのつながりを広く非難されていたが、一度も
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