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2019 年 8月 IAG JAPAN 49 The bright lights of the WSOP Main Event final table. 華やかなWSOPメインイベントのファイナルテーブル フォーカス 110万円)の参加費を支払い参戦した。これは世界的なポーカー ブームが最高潮に達していた2006年のメインイベントの参加者 8,773人に次ぐ数字だ。 あまりの人数の多さに、パビリオン、アマゾンそしてブラジリアル ームと呼ばれる3つの会議スペースは満員となり、今年は合計519 台のポーカーテーブルでプレイが行われた。 そして他にも多くの記録が塗り替えられた。シリーズ全体での 合計エントリー数は前年比で51%の増加、賞金総額は過去最高の 2億9,300万ドル(約319億円)、100万ドル以上の賞金プールを持つ イベントが62、そして12のイベントに5,000人以上が参加した。 今まで、世界中でこれほど多くのライブイベントが開催されてい たことはなく、プレイヤーはその中から選び放題である、という状 況の中でのこの数字は目を見張るものであり、この唯一無二のイ ベントが築いてきたユニークな歴史を証明するものでもある。 WSOP企業広報部門バイスプレジデントのセス・パランスキー氏 は、「50年というのは企業が営業を続けるには非常に長い時間だ。 しかしワールドシリーズポーカーの創立はずっと昔のことで、この 業界では初めての種類だったことが我々にとっては幸運だった。 WSOPには伝統があり、プレイヤーからの信頼も厚い。これは重 要な要素だ」と話す。 プレイヤーにとってWSOPの最も魅力的な点というのは神秘的 な雰囲気に染み付いたその豊かな歴史である。他の全てのトーナ メントを合わせてもWSOPのメインイベントから生まれた伝説の 数は越えられない。1970年と1971年に最初の2度のWSOP(それ ぞれ6人と7人の対戦相手)を制した「ポーカー界の大御所」ジョニ ー・モスから始まり、1976年と77年に同じ偉業を成し遂げたドイ ル・ブランソン、そして1980年と1981年のストゥー・アンガー、そして 1987年と1988年に2年連続で152人と167人との戦いを制しただ けでなく、1989年に3年連続の制覇寸前までいき、フィル・ヘルマス に敗れて2位でフィニッシュしたジョニー・チャンまで多くの伝説が 生まれてきた。ちなみにチャンは今年のメインイベントは560位で フィニッシュし、24,560ドルの賞金を獲得した。 WSOPはまた、ポーカー史上最も重要な瞬間を生み出したイベ ントでもある。2003年のメインイベントで勝者にふさわしい名前を 持つクリス・マネーメーカーが839人から始まった戦いを制した。当 時地元でくすぶっていた会計士のマネーメーカーは、オンラインで プレイする参加費89ドルのサテライトトーナメントを勝ち抜き、メイ ンイベントへの参加権を獲得した。その後世界で最も権威あるイ ベントで優勝し250万ドルの賞金を手にした。彼の成功は全米のア マチュアプレイヤーの想像力をかき立て、WSOPの参加者はその 後、2004年に2,576人、2005年5,619人そして2006年には8,773人 へと大幅に増加した。2006年にはまた別の勝者にふさわしいジェ イミー・ゴールドが、史上最高額となるメインイベント賞金1,200万 ドルを手にした。

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