ローレンス・ホー氏のメルコリゾーツ&エンターテインメントが今週、クラウンリゾーツに持つ9.99%の株式を米プライベートエクイティおよびヘッジファンド大手のブラックストーン・グループに売却した。この行動は表面上は大敗北を喫したように見える。しかしその表面を削ってみると、裏には一見したよりも複雑な事情が隠されている。
メルコがクラウンに保有していた67,675,000株全株を一株当たり8.15豪ドル、合計でたった5.5億豪ドル(約385億円)を少し超えた額で売却したこの取引は、同社が昨年6月にクラウンの主要株主であったジェームス・パッカー氏からその持株を1株あたり13.00豪ドルで購入するために支払った8.8億豪ドル(約615億円)からの大幅な値引きを意味しており、たった10カ月でおよそ3.3億豪ドル(約230億円)も損をしたことになる。
そのような額のお金に手を振ってお別れをすることが笑い事ではない一方で、現在の不確実なビジネス環境では、出されたパンチに柔軟に対応することしかできず、この場合は、ホー氏が戦争に勝つことに集中するために戦闘に負けることを選んだように見える。メルコの視点では、この戦争は多くの前線で繰り広げられている。
NSW独立酒類・ゲーミング局はメルコが州のカジノライセンス保有に適正であるかを調査している。今この調査が確実に打ち切られようとしていることで、我々は不利な判決(または単に調査が進む中で現れてくる情報ですら)が、ホー氏の会社のはるかに壮大な世界進出という野望、特に日本と関わる中でのその野望に悪影響を及ぼし、信用の失墜に繋がるかもしれないという懸念がホー氏にこの決断をさせるに至ったのかどうかについてはもう知ることはできない。メルコが過去に誠実性調査に合格した一方で、豪メディア、法曹界および政界には、過激なギャンブル反対派の勢力が相当いることが知られており、さらにそこにかなりの数の外国人嫌悪勢力が投げ込まれたことで、メルコにとって公正な公聴会を開くことは難しくなっていると言える。
我々に分かっていることというのは、メルコが、最近行った費用削減策の後でさえも、1日に3億円近くの資金を垂れ流していることで、一方でそのマカオのカジノにはほぼ誰もおらず、具体的にいつ状況が改善する可能性があるかという事に関して明らかな兆しは見えていない。今、385億円のキャッシュを注入することは、確実に考える時間的猶予を与えてくれる。そして、クラウン・リゾーツの株式がたった6週間前に最も低い時で6.00豪ドルという水準で取引されていたことも言っておかなければならない。その株価で売却していれば、メルコにとってはさらに100億円ほど損する結果になっていただろう。
この取引はまた、世界中のゲーミングやホスピタリティ企業が重大な不確実性に直面しているこの時に、メルコが財政的に責任を持っているというメッセージを市場に送ってもいる。ホー氏はメルコがクラウン・リゾーツの2度目の9.99%の株式取得計画を放棄すると発表した2月、2020年に全ての非中核資産を再評価する予定だと述べており、少なくとも水曜の売却はその約束に沿った行動となる。損切りが、長い目で見れば賢明な決断であったと分かってくる可能性は十分ある。
その財政責任に加えて、メルコは(マカオ時間)水曜夜に、回転信用供与枠で約2,000億円の借り入れができる銀行団とのシニア・ファシリティ契約への署名を発表した。そのうちの約1877億円が既存債務の借り換えに使用される一方で、同契約は最大約1000億円の増加型融資枠の選択肢を与えており、メルコはさらにおよそ1,250億円の流動性資金を手にできる可能性がある。その資金は既存事業の強化、そしてさらに必要であれば「日本での軍資金」に使うこともできる。
ブラックストーンの取引をおそらくあまり喜んでいないのが、クラウン・リゾーツだろう。同社のほぼ20%を取得する昨年のホー氏のパッカー氏との当初の契約を沈黙して見ていたクラウン・リゾーツではあるが、その新株主の存在は、同社のVIPビジネスを大きく増強させてくれることは確実だった。メルコの旗艦施設であるマカオのシティー オブ ドリームス単体での2019年のVIP売上高は同年のクラウンのグループ全体の売上高の2倍以上だった。
もちろん、この一連の流れの中での明らかな勝者はブラックストーンだ。メルコが持っていたクラウンの9.99%の株式を一株当たり8.15豪ドルで取得したことは、クラウン株が過去5年間、常に10から14豪ドルの間で取引されていたことを考えるとかなり有利な価格での取得となる。ブラックストーンは、新型コロナウイルスの影響が軽減するにつれて、その新たに取得した株の価格が大幅に上昇することを当然期待できる。
一方で、最終的に願っていた結果ではないかもしれないが、銀行の残高が増え、対処しなければならない外の問題が減ったことで、ローレンス・ホー氏は今夜はよく眠れることだろう。